SUS316Lは、高耐食性という強みに加えて鍛造加工での高強度化を図ってきており、弱点の強度も克服した優れたねじ締結体材料となっています。
代表的なボルト・ナットステンレス材
ステンレス(SUS:Steel Special Use Stainless)材はクロム(Cr)含有率10.5%以上、炭素(C)含有率1.2%以下とし、鉄にクロムを一定量以上混ぜることで耐食性を向上させた合金鋼材です。ボルト・ナット用としては、主にオーステナイト系ステンレス材であるSUS304、SUS304L、SUS316、SUS316Lがありますが、SUS304Lは市場に殆ど流通していないので入手が困難です。耐食性に加えて高強度にするためには、製造方法として切削加工ではなく鍛造加工にすることで耐食性と高強度の両立が図れます。
上記4種類のSUS材について、JISに規定される主成分と引張強さ・伸びを表1に示します。SUS304はオーステナイト安定化元素であるニッケル(Ni)を含有し、SUS316は耐食性向上のためにさらにモリブデン(Mo)を含有したものです。種類の記号の末尾Lは低炭素(Low Carbon)材であることを示しており炭素量低下によって強度がやや低下します。しかし、逆にクロムと結合しやすい炭素の含有量低下により結晶粒界近傍のクロム濃度は下がらないので粒界腐食(耐食性)が改善します。
本コンテンツではボルト・ナットに使用されているこれらの4種類のステンレス材について強度と耐食性を中心に説明します。
各ステンレス材の特性
強度特性と耐食性能が重要になりますが、強度に関しては冷間加工による強度アップの現象、耐食性に関しては孔食と応力腐食割れが問題となります。
◇強度について
オーステナイト系ステンレス材は高温安定相であるオーステナイト相を利用したもので、室温では準安定状態になっています。このため加工によって外力が加わるとオーステナイト相が最終的にマルテンサイト相に変態する現象が起こります。この現象を加工誘起マルテンサイト変態といいます。高強度であるマルテンサイト相が生成されるため強度が大きく増加しますが、オーステナイト相の特徴である非磁性が無くなって磁性を帯びることになります。
加工誘起マルテンサイト相の生成量を調べるためには、マルテンサイト相が強磁性であることから一般的に透磁率を測定します。図1は各ステンレス材の冷間加工による比透磁率の変化を概略的に示したものです。比透磁率1が非磁性を意味します。SUS304は冷間加工によるマルテンサイト相の生成が著しいですが、SUS304LおよびSUS316では冷間加工による生成量が低下します。一方、SUS316Lでは殆どマルテンサイト相が生成しません。
※ 非磁性の性能を維持する目的がある場合はSUS316Lを利用すればよいことがわかります。
鉄鋼材料は冷間加工によって強度が増加します。冷間加工によって転位トラップサイトが増加する効果、また結晶粒が微細化する効果のためです。さらに、加工誘起マルテンサイト変態が起これば強度も大きく増加します。図2に各ステンレス材の冷間加工による加工硬化(引張強さの上昇)について、過去から一般に知られている値を元に推定した結果を示します。SUS304は加工誘起マルテンサイト変態によって強度アップが大きく、冷間加工の度合をさらに高めると1500MPaを超える引張強さも可能です。一方、SUS304L、SUS316、SUS316Lでは冷間加工による引張強さの増加はおよそ1000~1200MPa付近と推定されます。
◇耐食性について
オーステナイト系ステンレス材の腐食として問題になるのは、孔食(pitting corrosion)、粒界腐食(intergranular corrosion)、および応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking:SCC)です。図3はステンレス材の孔食発生メカニズムの概要です。ステンレス表面の不動態膜が塩素イオンによって局所的に破壊され、ミクロ電池の形成によって腐食が金属内部の深さ方向に孔状に進行します。なお、部品の隙間部の局所的に発生する腐食としてすきま腐食がありますが、これは塩素イオン環境下でのミクロンサイズの隙間部にて、メカニズム的には酸素不足による酸素濃淡電池の形成によって腐食が進行します。孔食とすきま腐食はメカニズム的には比較的類似しており、発生の起こりやすさもほぼ同じ腐食形態です。
孔食の発生し易さの指標となる孔食指数(Pitting Resistance Equivalent)は、(PRE= Cr + 3.3Mo + 16N)の値が用いられます。ここで、Cr、Mo、Nは各元素の含有量(%)です。この数値が高いほど孔食に強いことになります。表2に上記4種類のステンレス材の孔食指数を示します(表1のCrとMoの含有量が最低量の場合で計算しました)。SUS304よりもMoを添加したSUS316の方が耐孔食性能は優れています。なお、すきま腐食に関しても孔食指数が高いステンレス材の方がすきま腐食にも強い材料です。
ステンレス材のSCCには、鋭敏化型SCCと塩化物イオン濃縮型SCCの2種類があります。
鋭敏化型SCCは、結晶粒界にクロム炭化物が熱履歴の原因で析出することで粒界の耐食性が劣化する現象です。結晶粒界付近にクロム欠乏層ができるとクロム炭化物とクロム欠乏層との間で化学的なミクロ電池が形成されて粒界が選択的に腐食する粒界腐食の発生が起こり、さらに粒界割れへとつながります。これを抑制するためには低Cの材料の方が有利で、SUS304ではSUS304Lの方が、SUS316ではSUS316Lの方が鋭敏化による粒界腐食、さらに鋭敏化型SCCに強いことになります。
塩化物濃縮型SCCは孔食などのすきま部に塩素イオンが濃縮されて腐食が進行するとともに引張応力の作用で粒内割れに至る現象です。図4はSUS304とSUS316について42%塩化マグネシウム応力腐食割れ試験方法によって応力と破断時間の関係を定性的に示したものです。各線の左側がSCC(塩化物濃縮型)が発生しない領域で、右側がSCC(塩化物濃縮型)が発生する領域です。Moを添加したSUS316の方が応力腐食割れに強い材料といえます。同じ応力が加わった際の破断時間は、SUS316の方がSUS304よりも長くSCC発生に対して有利です。
各ステンレス材の特性をまとめますと、表3のようになります。
※ 4種類のSUS材の中でSUS316Lが最も孔食、粒界腐食および応力腐食割れに強い材料であり耐食性が優れています。
最近の高性能SUS材
ボルト用の高強度SUS材としてBUMAXと呼ばれるステンレス材が1990年代にスウェーデンで開発されています。鋼製ボルトの強度クラスである10.9を満足し、引張強さが1000MPaあります。成分はC:0.03%、Cr:16.5~18.5%、Ni:10.5~15.0%、Mo:2.5~3.0%であり、JISのSUS316Lとほぼ同等の成分であります。
SUS316Lの特徴である高耐食性、非磁性を生かして、冷間加工による加工硬化で高強度化した材料といえます。ボルトの製造工程としては線材を冷間で絞り加工と鍛造加工を行って加工硬化させ、ボルト成形のための冷間圧造・転造を行っています。前出の図2からSUS316Lは冷間加工によって1000MPaクラスまで強度アップが可能と考えられますが、優れた製造技術によって実現させたものと思われます。
最近では強度と耐食性を併せ持った高性能なステンレス材の開発が進んでいます。材料的には二相ステンレス材の高性能化、あるいはオーステナイト系ステンレス材の高性能化といった二つの手法があります。二相ステンレス材のSUS329J4Lは孔食指数が36で高耐食性ですが、冷間鍛造による加工硬化によって引張強さ1000MPaクラスのボルトが製造されています。なお、二相ステンレス材ではフェライト相が共存しますので磁性があります。また、SUS304をベースにCu:3~4%、N:0.1~0.3%含有したSUS304CUNと称されるステンレス材が実用化されており、引張強さ1000MPaクラスのボルト(A2-100)が製造されています。孔食指数は21.7で二相ステンレス材よりは低いですが、添加元素の効果によってマルテンサイト相の生成が抑制されて非磁性の特徴があります。
補足(用語説明)
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